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興福寺 国宝「仏頭」 
仏 頭 興福寺 国宝「仏頭」(写真提供:飛鳥園)
(写真提供 飛鳥園)
天武天皇14年(685)に、天皇が亡き蘇我倉山田石川麻呂のために造った飛鳥山田寺本尊像の頭部です。像は興福寺の鎌倉再興期の文治3年(1187)に東金堂本尊薬師如来像として迎えられましたが、応永18年(1411)に堂とともに被災します。幸い残った頭部が応永22年(1415)に再興された現東金堂本尊台座に納められ、昭和12年(1937)に発見されました。造立年代が明らかであるところから、白鳳彫刻の基準作として高く評価されます。
蝋型原型から鋳造されたもので、鍍金が施されます。伸び伸びと弧を描きながら流れる眉、水平に伸びる下まぶたと、それをおおうように弧を描く上まぶた、額から直線的に伸びる鼻、ふっくらとした唇、顎の張った逞しい面相は、青年のような若々しさ、清々しさを感じさせてくれます。

興福寺ホームページ参照

銀造仏手(ぎんぞうぶつしゅ)[興福寺 国宝館(通常非公開)奈良時代・重要文化財 銀造] 銀造仏手(ぎんぞうぶつしゅ)
国宝館(通常非公開)
奈良時代・重要文化財
銀造
現存する奈良時代の銀仏は、東大寺法華堂本尊の宝冠化仏(ほうかんけぶつ)と、この仏手だけです。臂(ひじ)の大きさから像高が2mはあったと思われます。『興福寺流記(るき)』の東金堂「銀造弥勒仏」に相当するものと思われます。蝋(ろう)型または土型から鋳造されたもので、銅造仏頭とともに昭和12年(1937)に東金堂本尊台座の中から発見されました。

興福寺ホームページ参照



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