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西隆寺の記憶

西隆寺は、僧寺の西大寺に対する尼寺として称徳天皇が神護景雲元年(767)創建。
西隆寺の記憶
 
 上の写真のビル群がほぼ下の絵図、赤円の中に入る、4町・約6.8ヘクタールが境内である。場所は、近鉄大和西大寺駅北側。平安後期に廃絶したらしく、鎌倉時代の資料では田地となっている。奈良ファミリー建設時の発掘以来、奈文研が発掘調査を継続。ならファミリー内イオンスタイルの南エスカレーターの前に、西隆寺東門跡の解説パネルがある。散歩がてら、ビル群の影に隠れた解説パネルをご案内。
 
西隆寺の記憶
 
西隆寺の記憶
矢印SANNWA CITYビルの入り口左側に下図の解説パネル。他にも看板があって気付く人は少ない。右図のピンクの部分がCITYビルの位置
   
西隆寺の記憶 奈良文化財研究所の発掘写真や境内図。他にも宣伝看板が多くあるので気付いて読む人はほぼいない。
   
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矢印 南都銀行ビルの南側 立体駐車場入り口右側にツツジの花壇。
西隆寺築地塀跡の解説パネル。築地塀はこの花壇のあたりにあったのか。
   
西隆寺の記憶 つい最近解説パネルに気がついた。も少し道路側にあればと思う。
   
西隆寺の記憶
南都銀行から東へ、みづほ銀行宝くじ売り場を左へ折れてすぐ裏側に、西隆寺塔跡がある。コンクリートブロックに囲まれた小さな遺跡が隠れている。右古図の小さな赤丸部分。他は駐車場になっている。
   
西隆寺の記憶
 解説パネルの古図には                イオンスタイル南エスカレーター
 西隆尼寺と書かれている。              横の西隆寺東門跡解説パネル。
   
西隆寺の記憶 ならファミリー西入口を通りすぎて道なりに少しゆくと、西隆寺回廊跡が部分復元されている。
解説パネルは左手壁面に。
   
西隆寺の記憶
金堂を囲む回廊の東北隅部分が復元されている。本物は地下2Mに埋設保存。場所は右地図の赤矢印


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