参考コース検索
  • コースの検索

アーカイブ
カテゴリー

東大寺『良弁忌』

いつ:
2018年12月16日 @ 09:30 – 16:00
2018-12-16T09:30:00+09:00
2018-12-16T16:00:00+09:00
どこで:
東大寺 開山堂・法華堂(三月堂)・俊乗堂
〒630-8212 奈良県奈良市雑司町406−1
料金:
開山堂:500円 / 法華堂(三月堂):大人 500円(中学生 大人料金) 子供 300円 / 俊乗堂:500円
連絡先:
東大寺
0742-22-5511
 12月16日は、東大寺の毎年最後の年次法要が行われる大切な日です。東大寺の初代別当(住職)「良弁(ろうべん)」(689~773)の命日にあたる日で、「開山堂(かいさんどう)」において、非公開の秘仏・「良弁僧正坐像(ろうべんそうじょうざぞう)」が拝観できます。
また、この日に合わせて、「法華堂(三月堂)」では「執金剛神立像(しゅこんごうじんりゅうぞう)」が、さらに「俊乗堂(しゅんじょうどう)」では「重源上人坐像(ちょうげんしょうにんざぞう)」が一般公開されます。これらの像はいずれも「国宝」に指定されているものです。
 
日 時:   12月16日 午前9時30分ごろ~午後4時まで
場 所:   東大寺 「開山堂」・「法華堂(三月堂)」・「俊乗堂」
 
(JR・近鉄奈良駅から市内循環バス「大仏殿春日大社前」下車 徒歩15分)
拝観料: 
開山堂(「良弁僧正座像」) 500円
法華堂(三月堂)(「執金剛神立像」) 大人 500円(中学生 大人料金)
    子供 300円
俊乗堂(「重源上人坐像」) 500円
お問い合わせ:   東大寺 電話:0742-22-5511
 
★「良弁忌」の由来
良弁僧正座像(伝統行事 東大寺 良弁忌)  良弁僧正は、持統天皇3年(689)、相模国(さがみのくに 現在の神奈川県)の漆部(ぬりべ)氏の子として生まれ、義淵(ぎえん)僧正のもとで学び、法相学を習得されたといわれています(別伝では、近江百済氏の出身で幼時に鷲にさらわれ、義淵僧正に育てられたともいわれています)。宝亀4年(773)旧暦11月16日85歳で示寂されましたが、それから246年後の寛仁3年(1019)になって、初めて御忌法要「良弁忌」が営まれました。「開山堂」はその時に創建され、「良弁僧正座像」も同時に造立されたといわれています。がっちりした体躯に気迫をみなぎらせた肖像彫刻の傑作です。
  「開山堂」は、二月堂の下、四月堂北側の囲みの中にある、宝形造(ほうぎょうづくり)の小さなお堂で、国宝に指定されています。「良弁僧正坐像」は、その内陣中央に位置する八角造の厨子の中に安置されています。
★耳寄り情報
 良弁僧正は聖武天皇の信任を得て、天皇の「不空羂索観音像(ふくうけんさくかんのんぞう)」を安置した一院をうけて、天平5年(733年)念持仏の「執金剛神立像」を安置して一寺を建立しました(そのお寺は、当時「金鐘寺(こんしゅじ、のちきんしょうじ)」と呼ばれ、現在の東大寺・法華堂となっています)。その後新羅(しらぎ)の留学僧・審祥(しんじょう)に「華厳経(けごんきょう)」を学び、金鐘寺で「華厳経」を講じ「法華会(ほっけえ)」を開講しました。天平勝宝4年(752)の大仏開眼時には、多大の貢献をして東大寺の初代別当となり、天平宝字7年(763年)に僧正位に昇ったと伝えられています。 執金剛神立像(伝統行事 東大寺 良弁忌)
 良弁僧正と法華堂(三月堂)のこのような関係から、毎年の「良弁忌」には、法華堂に安置されている秘仏・「執金剛神立像」が開扉されるのかも知れませんネ。
★こんなこと知ってる?
「方広会(ほうごえ、または、ほごえ)について:
   この日、「良弁忌」の法要がすべて終り参拝者の足も遠のいた頃、法華堂(三月堂)の軒に吊るされた提灯に灯がともされます。東大寺の住僧・殊に学侶の登竜門と言われている「方広会」の始まりです。華厳宗の法会の中でも、研学堅義の形式が完全な形で残っているのはこの法会のみのようです。この法要は、東大寺塔頭の住職の候補者がある時には三月堂で、ない時には開山堂で、良弁僧正の忌辰を期して荘重に行われます。特に、三月堂で行われる時は、堂内に安置されている天平仏像の群像の中で、灯明のあかりのもとに行われますので、神秘的で、静寂の中にも厳かな雰囲気のもと、この堂ならではの法要となります。そしてこれが終わる時、一年の主な行事もまた終了するのです。(午後6時ごろ~終了11時ごろ)(一般には非公開)
★なら・観光ボランティアガイドの会からのおすすめ
 この日は、平素は非公開の「俊乗堂(しゅんじょうどう)」も公開されます。治承4年(1180)の平重衡(たいらのしげひら)に焼き討ちされた東大寺を、大勧進職(だいかんじんしょく)として見事に復興させたのが重源(ちょうげん)です。平安末期から鎌倉初期にかけて活躍し、南無阿弥陀仏と号されました。重源の事業は、大仏・大仏殿の復興にとどまらず、南大門など多くの諸堂におよび、宋で学んだ大仏様(だいぶつよう)とよばれる建築様式を残しました。「俊乗堂」には、俊乗坊重源の彫刻「重源上人坐像(ちょうげんしょうにんざぞう)」が安置されていますのであわせてお出かけください。
 
※ 東大寺様のご好意により、2体の仏像写真を掲載させていただきました。 

Comments

Leave a comment