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東大寺『転害会』

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日時:
2017年10月5日 終日
2017-10-05T00:00:00+09:00
2017-10-06T00:00:00+09:00
場所:
奈良市雑司町 転害門前
奈良県奈良市手貝町54
お問い合わせ:
東大寺
0742-22-5511
東大寺の西方の雑司町にあり、平城左京一条大路に西面して建立されている転害門は、
毎年10月5日、手向山八幡宮の祭礼の時に神輿遷座の門となり、ここから祭礼が始まります。
そのため、この行事は『転害会』といわれています。
 
日 時:  10月5日
場 所:  奈良市雑司町 転害門前
お問い合わせ:  東大寺 電話:0742-22-5511
 
◆転害会(てがいえ)の由来
東大寺の鎮守の手向山八幡神社の祭礼のことで、手掻会(てがいえ)とも書かれます。
平安時代には八幡宮祭と呼ばれ、転害門が祭礼のお旅所になり、鳳輦(ほうれん)と神輿の三基が門の中央に安置され、門の西面に長い大きな注連縄が結わえられます。祭礼の行列はここから出発し、手向山八幡宮に向かいます。この八幡宮祭が転害会と呼ばれるようになったのは、この門の位置が大仏殿の西北にあり、吉祥の位置で害を転ずる意から転害門とも呼ばれ、祭礼の名前にもなりました。
◆転害門の案内
東大寺の創建時の遺構をとどめる唯一の八脚門で、国宝に指定されています。元の平城左京一条大路に西面して建立され、当時佐保路門とも呼ばれていました。この門は鎮守八幡宮の祭礼の際、お旅所として重視されていました。門の中央には神輿の安置のための石が据えられています。 転害門(伝統行事 転害会)
  また、現在も川上町の有志の方々により、大注連縄が門の西面の二柱に懸けられて、神仏習合の姿がみられます。
◆耳寄り情報
転害会は、奈良時代に宇佐八幡宮を東大寺の守護神として、東大寺境内に遷座して以来の古い祭礼であるといわれています。天文8年(1539年)までは勅祭として行事が行われて、祭日は9月13日または9月3日に執り行われていました。明治維新後から、祭日を10月5日にして、地元の秋祭りとして執り行われることになりました。昔の古い祭礼の様子は、江戸期の筆写の『転害会図会』二巻に細かく精密に描かれています。
◆こんなことご存知ですか?
この転害門は、『景清門』とも呼ばれることがあります。その訳は、鎌倉期の大仏殿再建落慶法要のときに、平家の残党の悪七兵衛景清が将軍源頼朝を狙い、この転害門の楼上に身を潜め、一行が通るのを待ちましたが、警護の武士に発見され、計画を果たすことなく捕らえられたと伝えられています。その後、この門を『景清門』とも呼ばれるようになりました。

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