大安寺(大官大寺)の面影を訪ねて

今は奈良市大安寺町にひっそりと佇む『大安寺』は、奈良時代は『大官大寺』として15町(約8万坪)に及ぶ境内を持った大きなお寺でした。
このコースは、今に残る大安寺周辺の史蹟を訪ねて往時の面影をしのびます。ぜひお出かけください。

コースは一例です。
ご希望に沿って自由に設定できます。

■拝観料
大安寺:400円
※期間により料金が変わります。


コース番号 ST-200
所要時間 約2時間
歩行距離 2.5km
対象期間 年中
利用交通機関 バス

一般の方の申込み

学校関係の方用申込み

このコースの概要
いち押しポイント
耳寄り情報
地図

みどころ 参考コース順路(一例です。)
大安寺
まず、現在の「大安寺」の入口に立ってみましょう。そこには古代「大安寺」の正門であった「南大門」の基壇が復元されています。間口25m、奥行10mは平城宮の朱雀門と同じ規模で、往時のこの寺の大きさが想像できます。大安寺は、聖徳太子が平群に建てた 「熊凝精舎(くまごりしょうじゃ)」がその草創といわれ、藤原京で「百済大寺」・「大官大寺」等となり、奈良時代にこの地に移されました。聖徳太子の「天下太平、万民安楽」の祈りが寺名の起こりといわれます。昭和43年に旧境内全体が国の史跡に指定されました。(特別料金 3/1~3/31:500円 4/1~5/9:800円 10/1~11/30:500円)
塔跡
小径の両側に東西両塔跡が見える
「史蹟大安寺塔阯」と書かれた石碑が、東西両塔跡に建っています。西塔は949年、東塔は1017年に焼失しました。平成17年に西塔の発掘調査が行われて、大規模な基壇が確認され、巨大な風鐸や相輪の水煙が出土しました。
場所 内容
近鉄奈良駅 出発場所 ここでトイレを利用できます。
 バス移動 10分(大安寺・シャープ前方面行きバス乗車)
「大安寺」バス停 下車
 徒歩移動 15分
大安寺 20分 ここでトイレを利用できます。
 徒歩移動 3分
八幡神社 5分
 徒歩移動 すぐ
塔跡 5分
 徒歩移動 5分
経楼跡 5分
 徒歩移動 3分
僧房跡 5分
 徒歩移動 5分
杉山古墳 10分
 徒歩移動 20分
「大安寺」又は「大森町」バス停 バス乗車
 バス移動 JR・近鉄奈良駅方面行きバス乗車 10分
JR・近鉄奈良駅 終了場所 ここでトイレを利用できます。
ここでトイレを利用できます。 ← 左のマークの場所では、トイレをご利用いただけます。

遺蹟やその要所に描かれている古代の伽藍配置図などをご覧になり、昔日の威容をしのんでいただきたいと思いますが、大安寺の歴史は概略次のようです。
『大安寺伽藍縁起并流記資財帳』によれば、聖徳太子が額田部に建立した熊凝精舎が前身であると伝えられ、639年に百済の地に移って最初の官大寺として百済大寺と呼ばれました。その後673年に高市へ移され、677年に大官大寺と改称された後、716年に平城遷都に伴って現在地に移ってきました。この地では、722年に元明天皇の一周忌法要が行われたり、翌年には元正天皇が一切経千五百九十七巻を施入するなど、筆頭官寺としての役目を果たしていました。その後、唐から帰朝した道慈が729年より住んで寺号を大安寺と改めましたが、唐長安の西明寺を模範として建立された伽藍は大安寺式の大伽藍と呼ばれ、光仁・桓武両朝にも盛大な法要が開かれています。本尊の十一面観音立像、嘶堂(いななきどう)の馬頭観音立像、収蔵庫の不空羂索観音立像、聖観音立像、楊柳観音立像、四天王立像の9体の木彫仏は、奈良時代末から平安時代初期にかけて造立されたもので、重要文化財に指定されています。 大安寺

奈良時代の国選歴史書である『続日本紀』霊亀二年(716)五月十八日の条に、「元興寺を左京六条四坊に徒し建つ」と書かれていますが、左京六条四坊は大安寺のあるところですので、この記事は大安寺の移建に関するものと考えられています。飛鳥寺(法興寺・元興寺)と大安寺はともに大寺と呼ばれていたために、原史に「霊亀二年に大寺を左京六条四坊に遷す」とあったのを、続日本紀の編者が、この大寺を大安寺でなく、法興寺と誤ったものと推定されています。

大安寺(大官大寺)の面影を訪ねて(その他)

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