“やすらぎの”道沿いの神社

平素はバスに乗って通るだけのことが多い「やすらぎの道」ですが、その界隈にはそれぞれに由緒のある社寺があります。
この「やすらぎの道」周辺の社寺に足を止めて、その謂れについて想いを馳せてみる散策コースを設定しました。


コース番号 NM-400
所要時間 約1~2時間
歩行距離 2km
対象期間 年中
費用(公共交通費・拝観料等) 0円
利用交通機関

一般の方の申込み

学校関係の方用申込み

このコースの概要
いち押しポイント
耳寄り情報
地図

みどころ 参考コース順路(一例です。)
称名(しょうみょう)寺
「内侍原(なしはら)町」バス停を西に入り、入口に「珠光舊跡」と刻まれた石碑が建っている寺院で、茶の湯の元祖と言われる村田珠光ゆかりのお寺です。もとは興福寺の別院で、興北寺と呼ばれていました。江戸時代の火災によって被災したために、現在の本堂は1802年に再建されたものです。また、境内には千体地蔵と呼ばれる石仏群がありますが、これは北市町や芝辻町・油阪町などに散在していた千数百体の石地蔵を、称名寺の第十九世・海空和尚が集めてきて供養したといわれています。
漢国(かんごう)神社
「高天(たかま)」の交差点を渡り、ビルの間の奥まった所にある神社です。創建には諸説があるようですが、神社の由緒略記には、「推古天皇元年(593)に園神を、さらに養老元年(717)に藤原不比等が韓神の二神を祀った祭神三座の神社」と記されています。漢国とは、大国(おおきなくに)の尊称と言われています。また、境内には饅頭の祖を祀る「林(りん)神社」があり、毎年4月19日には全国の菓子業者が集まり、「まんじゅう祭」が行われています。
率川(いさがわ)神社
飛鳥時代、推古天皇元年(593)大三輪君白堤(おおみわのきみしらつつみ)が勅命によってお祀りした奈良市最古の神社で、社殿は県文化財に指定されています。社殿は三棟並んでいますが、中央は主祭神(神武天皇の皇后・五十鈴姫命)で、その左右はご両親の神殿です。ちょうど、ご両親が子供を守るように鎮座しています。
場所 内容
近鉄奈良駅 出発場所 ここでトイレを利用できます。
 徒歩移動 10分
慈眼(じげん)寺 15分
 徒歩移動 4分
称名(しょうみょう)寺 15分
 徒歩移動 10分
漢国(かんごう)神社 15分
 徒歩移動 10分
率川(いさがわ)神社 15分
 徒歩移動 8分
JR・近鉄奈良駅 終了場所 ここでトイレを利用できます。
ここでトイレを利用できます。 ← 左のマークの場所では、トイレをご利用いただけます。

率川神社の「ゆり祭り(三枝祭)」
6月17日には率川神社で「ゆり祭」が行われます。ユリを挿頭した巫女による優雅な舞が奉納されたり(10:30am)、巫女さんたちやお稚児さんによる艶やかな行列が目抜き通りを練り歩きます(13:30pmから)。このお祭りは「大宝令」(701年制定)にも国家のお祭りとして定められていたほど古くから伝わっている神事です。 率川神社の「ゆり祭り(三枝祭)」
写真:奈良市観光協会
称名寺と茶道の祖・「村田珠光」とのゆかり
珠光は1422年現在の奈良市中御門町に生まれ、11歳の時に称名寺に入り出家しました。30歳の頃京都の大徳寺に移り、一休宗純に参禅して「茶禅一味」の境地(禅の要素を茶の湯に加味した茶道)を開いたと伝えられています。有名な千利休は珠光の子・宗珠の弟子に当たると言われています。
現在でも称名寺の境内には「珠光庵(独爐庵)」と呼ばれる茶室がありますが、これは1800年頃再建されたものです。珠光が創建した建物は二度の大火で焼失しています。また、称名寺には珠光ゆかりの井戸、愛用の茶碗などが保存されていて、毎年5月には「珠光忌」が営まれています。

奈良の町名の由来にはそれぞれいわくがありますが、今回のコースに関係している町名についていくつかご紹介します。
「内侍原町(なしはらちょう)」
  以前には梨子原町と書かれていました。これは太古梨子数株が繁茂していたので梨子原と号するようになり、江戸時代には内侍原町と書くようになったと伝えられています。
「菖蒲池町(しょうぶいけちょう)」
  称名寺が在る町名ですが、古くはこの地に池があって、菖蒲が自生していたので「菖蒲池」といわれていたと伝えられています。奈良時代には、毎年5月5日に菖蒲を宮中に献じる習慣がありました。
「北市町(きたいちちょう)」
  中世、興福寺にはこの辺りに市場を設けたことからこの名で呼ばれたということです。
「油阪町(あぶらさかちょう)」
  昔、ここは緩やかな坂をなしていた所で、旧名を「符坂」と呼ばれていました。春日大社の灯明油がこの符坂の油業者から献上されていましたので、何時の頃からか「油阪」と呼ぶようになったようです。
「本子守町(ほんこもりちょう)」
  率川神社が在る町名ですが、率川神社には親子三棟の神殿が並んでいるところから、古来より「子守明神」と呼ばれ、この町名が付けられたと思われます。

“やすらぎの”道沿いの神社(ならまち)

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ならまち


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