転害門周辺散策1時間 (世界遺産)

京街道沿いのこの辺りは、古代から主要な街道として利用されてきた地域で、数々の歴史ドラマが絶え間なく繰り広げられてきたこの地域を歩きながら、想像たくましくいろいろな時代にタイムスリップしてみてください。

コースは一例です。
ご希望に沿って自由に設定できます。


コース番号 NM-220
所要時間 約1~1.5時間
歩行距離 約1.3km
対象期間 年中
利用交通機関 バス

一般の方の申込み

学校関係の方用申込み

このコースの概要
いち押しポイント
耳寄り情報
地図

みどころ 参考コース順路(一例です。)
転害門
東大寺西面大垣の北門で、762年頃の建立とされ、現存する奈良時代最大の八脚門として最高の格式を誇ります。また大仏守護のため、宇佐から東大寺へ影向された手向山八幡・転害会の御旅所です。佐保路門、景清門、手掻門ともいわれます。
五劫院五劫院
鎌倉期に重源上人が開山し、江戸時代東大寺の再建に尽力した「公慶上人」の五輪塔が祀られています。重源上人が宋から請来したと伝わる「五劫思惟阿弥陀仏」が御本尊です。
正倉院
聖武天皇の49日に、光明皇后が天皇の遺品を東大寺に奉納された時に建てられたと伝わります。この校倉造の倉は1260年前から、1度も火災に遭っていません。現在、東西の新宝庫に9,000件の宝物が移されています。
場所 内容
近鉄奈良駅
JR奈良駅
出発場所 ここでトイレを利用できます。
 バス移動 青山住宅・州見台行き 手貝町下車
近鉄奈良から 5分
JR奈良から 8分
 徒歩移動 3分
奈良市きたまち転害門観光案内所 ここでトイレを利用できます。
転害門 10分
 徒歩移動 10分
五劫院 5分 ここでトイレを利用できます。
 徒歩移動 3分
空海寺 5分
 徒歩移動 10分
正倉院 10分
 徒歩移動 8分
勧進所 5分
 徒歩移動
JR・近鉄奈良駅 終了場所 ここでトイレを利用できます。
ここでトイレを利用できます。 ← 左のマークの場所では、トイレをご利用いただけます。

京街道沿いのこの辺りは、古代から主要な街道として利用されてきた地域で、それぞれの時代の歴史が詰まったところです。「おすすめコース」を歩きながら、想像たくましくいろいろな時代にタイムスリップしてみてください。例えば、この界隈は;
飛鳥時代には、飛鳥と山科・大津を結ぶ街道でした。壬申の乱に携わった人びとも往来していたかも知れません。
奈良時代は、東七坊大路として都の東端に位置し、大仏建立の時には大量の物資が運ばれてきたはずです。
中世には、松永久秀が多聞城を築き、豊かな南都(奈良)を掌中におさめました。
江戸時代には、版画にも描かれた「雲井坂の雨」が南都八景の一つとして、多くの観光客を呼びました。
多聞城
戦国時代、大和一円を支配しようとした松永久秀が、1560年(永禄3年)眉間寺山(現若草中学)に多門山城を築きました。四層の天守を備え、多門櫓をめぐらす近世城郭史上画期的な造りの城です。織田信長はこの城をまねて安土城を造ったといわれています。築城からわずか20年ほどで取り壊されてしまいましたが、安土城を初めとする近代城郭における天守の先駆けと云え、その様子は宣教師ルイス・フロイスによってヨーロッパにも伝えられました。

旧奈良少年刑務所
1908年(明治41年)に7年の歳月を掛け完成した赤レンガ造りの洋風建築。門とその間から見える本館は、ヨーロッパの中世封建時代の城や礼拝堂の形式を取り入れて、山下啓次郎が設計したものです。(竣工;明治41年、煉瓦造) 奈良少年刑務所

転害門周辺散策 1時間(ならまち)

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